「世は並べて事も無し」の意味と由来は?英語表現に隠れた深い意味

世は並べて事もなし
時折耳にするこの言葉ですが、
なんとなく意味が分かるようで分からない、
という方もいるのではないでしょうか?

この「世は並べて事もなし」を
LINEのプロフィールに表示している人もいますし、
私自身も好きな言葉です(理由は後述)。

既に認知度も高いのかもしれませんが、
改めてこの言葉の意味や由来について書いてみようと思います。

「世は並べて事も無し」の意味

世は並べて事もなしの意味ですが、
簡潔に言ってしまえば、
平穏無事な生活
ということになろうかと思います。

世・・・世の中
並べて・・・「なべて」と読みます。総じて、おしなべて の意味です
事も無し・・・事件もトラブルも無い=平穏

もっとざっくりと言えば、
世の中、平和だなー
というニュアンスでしょうか。

長閑な田舎の風景を見ながら、
「世は並べて事もなし」
と穏やかな日常に心が落ち着く、
そんな時に出る言葉ですね。

この言葉は日本人の間にも浸透している言葉ですが、
実は「世は並べて事も無し」は元々日本人の言葉ではなく、
あるイギリスの詩人の言葉が由来であると言われています。

 

「世は並べて事も無し」の由来

 

実はこの「世並べて事も無し」の由来は、
ビクトリア朝時代
(※ビクトリア女王が統治していた1837年から1901年の期間)
のイギリス人詩人、ロバート・ブラウニングの
春の朝(あした)」の一節なのです。

※ロバート・ブラウニングは、
かの夏目漱石や芥川龍之介も愛した詩人だそうです。

「春の朝(あした)」は、上田敏が訳した詩訳集「海潮音」(1905年)
に収められています。

※因みに、上田敏の「海潮音(かいちょうおん)」は、
現在はKindleで無料で読むことが出来ますよ。
Kindleアプリでスマートフォンから手軽に読めますので、
私も愛用しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のiPhoneには上の画像のようにKindleアプリがインストールされています。
これをタップすると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような画面になり、
ダウンロードした「海潮音」が表示されています。

 

そして、この「海潮音」をタップすると、
55%程度進んだところで、
ロバート・ブラウニングの「春の朝」が登場します。

※1900年代の訳ですので、
ロバアト・ブラウニングと表示されていますね。

 

時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時(ななとき)、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

 

この最後の一節、
すべて世は事も無し」は
世は並べて事も無し」と同意になるわけです。

※並べて=総じて=すべて

この詩は、
ロバート・ブラウニングの「春の朝(あした)」という詩を、
上田敏が和訳したものですので、
元々は英語での文章であったわけです。
次に、その原文を紹介します。

 

「世は並べて事も無し」は元々は英語の詩から来た言葉

 

元々のロバート・ブラウニングの詩は、
以下のような英文です。

The year’s at the spring,
And day’s at the morn;
Morning’s at seven;
The hill-side’s dew-pearl’d;
The lark’s on the wing;
The snail’s on the thorn;
God’s in His heaven–
All’s right with the world!

 

最後の一文、
All’s right with the world!
この英語表現を和訳して、
世は並べて事も無し
となったわけです。

All’s right with the world!

全てこの世界は正しい姿である
全ては神の思し召しのまま

前文の
God’s in His heaven
から考えると、このような意味になるのでしょうか?

日本人が用いる
世は並べて事も無し
からすると、多少宗教色の強いニュアンスの訳になりますが、
元々の英語表現からは、
このように訳せます。

 

私見~「世は並べて事も無し」に隠された深い意味

 

実は自分の先輩でこの「世は並べて事も無し」を好んで使う方がいるんですよね。
その先輩は非常に頭脳明晰で仕事のできる方なんですが、

「世の中なるようにしかならない」
「他人に期待してもしょうがないよ」
「必要以上に不安になることも心配することも無い」
「意味の無いことに労力も時間もかけない」
だって、結局自分ができることをやるしかないんだから

私は「世は並べて事も無し」の言葉の由来を理解してから、
先輩の話していた内容が妙に腑に落ちたんですよね。

さきほど、多少宗教色の強いニュアンスという言い方をしましたが、
「全てこの世界は正しい姿である」
「全ては神の思し召しのまま」
という事は、
今、現実に起きていることを受け入れるしかない
という事ですよね?

日本語での意味の
「世の中、平和だなー」
とは随分と違った印象を受けませんか?

この言葉の由来を知ってからというもの、
妙にこの「世は並べて事も無し」が魅力的な言葉に
感じられてしょうがないのです。

周りがどうのこうの、他人がどうのこうの言ってもしょうがないよ、
全て受け入れて、自分がやれることをやるしないよ、

これ、究極の真実だと思うんです。

あれこれ悩んでもしょうがない。
やれることをやる。
心が整理されてシンプルに考えらえれる。
そして少しだけ心が軽くなるのを私自身は感じるのですが、
皆さんはいかがでしょうか?

世は並べて事も無し
やはりなかなか良い言葉だと思います。

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